染み付く
戒律を犯した修行僧。なるほどね。
俺は、座禅を組んで煩悩と戦っている修行僧とよく表現することがある。座禅を組むのは修行だから若干の救いがあるんだけど、修行ではなく罰を受けなきゃいけない、そして何もしていない、価値がないと自分自身を責める解釈をするから、座禅と苦行を目的もなく行い続けているような状態なのかもしれないね。

感情は抑えれば抑えるほど、心に沁みついていくというのは、少しでも抑えなきゃいけない感情(例えば妬みだったり、怒りだったり)が起こってきたら、受け流すことが出来ず、無かったことのように抑え込まなきゃいけない。つまり、ちょっとした嫌な感情でも、出来るだけ早く、強く意識しなきゃいけない状態にあるわけだ。そうすれば、いつも嫌な感情に即反応する練習をしているようなものだし、繰り返せばより速く、より強く感情に過敏に反応することになっていく。

まるで、繰り返し練習することでスポーツがうまくなるように、職人が毎日の修行によって自然に難しい技術を駆使して作品を作るように、嫌な感情に振り回される生活の出来上がりとなるわけだ。  かず
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[2012/09/25 09:28] 小説副音声 | トラックバック(0) | コメント(0) | @
染み付く?
当時の感じ方については、日記が残っていたので、すごーく助かっています。

なんか戒律をおかした修行僧みたいな感じだったなぁ、と感じてます。

『感情は押さえつければ押さえつけるほど、心身に染みついていってしまう』

染みついていくって、面白い表現だなと思ってしまったのですが…。

うーん。染みついていく、とは?

*みお*
[2012/09/15 23:48] 小説副音声 | トラックバック(0) | コメント(2) | @
殺された心
ご無沙汰です。みおっち。
小説もやっと再開って感じてたよ。

小節は、当時の感じ方を書かなきゃいけないからね。今とは感じ方が違う事を書くのは、結構、疲れる作業なんじゃないかと思うよ。それでも、当時から、周りへの悪口をかなり抑えていたという印象はあるんだけどね。感情は押さえつければ押さえつけるほど、心身に染みついていってしまうものなんだ。視野が狭いからマイナスの所しか記憶に残っていないということだけど、良いところが見えたら視野が広いかというと、意外とそうじゃなかったりするんだよね。良い所しか見えないのも視野が狭い証拠なんだ。例えば、周りを悪くしか見えないあなたが悪いとなれば、この感覚は、「あなた」を悪くしか見ていないから同じぐらい視野が狭い事になる。また、「私は視野が広いから、あなたの周りの人は良いところがたくさんあるのが分かる。」と感じる事は、「あなた」の気持ちを分かった気持ちになっている、視野が狭い状況なんだよ。

「我慢しすぎ」と「甘えている」という相反する印象を受けるということだけど、これは当然起こってくることなんだ。それを判断する条件や判断をする価値基準等々が違うからね。自分の良い所も悪い所も表に出す行為は、とても勇気のいることですが、これを乗り越えたら、さらに大きな余裕を手に入れられると思います。現在進行形というかリアルタイムで小説が進んでいることが前提で真剣なアドバイスがコメントされていますが、投稿せずにはいられない程、気持ちに届いているということ。実際に起こった事実だからこそなのでしょう。それらのアドバイスは、過去の自分に届けてあげて、過去の自分だったら素直に受け取れないであろうこと、今ならば、アドバイスをしている人の気持ちも分かる事、それぞれを受け入れたうえで、今の幸せを感じられると良いと思うよ。

「目的は何か?」これは、俺自身にも、いつも投げかけている言葉なんだよね。
これを見誤ると、自分が望んでいることとは繁体の方向に向かう材料を自分で増やしてしまうことになる。仲良くしたいのに悪口を言ってしまうとか、明るくしたいのに暗い事ばかり考えてしまうというのは誰でもある事だよね。苦しんだり、辛い思いをしたりは、したくない人がほとんどだと思うけれど、それでも、かなりの多くの人は苦しむために、辛い思いをするための言動をしている事って多いんだ。

たぶん、今のみおっちならば、「目的は何?」と聞いたら、悔しい、嫌な気持ちにならずに、楽で、楽しい気持ちとして受け止められると予想するよ。まぁ、イメージでは、シリアスな回答ではなく、ふざけた面白い回答が返ってくることしか思い浮かばないけど…   かず

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[2012/09/13 11:38] 小説副音声 | トラックバック(0) | コメント(0) | @
目的は、なんですか?
あの頃と今の自分。

いちばん変わったことは、自分を殺してしまいたいほどに自分を嫌いになることが、なくなったこと。

自分が、どうしても許せなくて。

誰かのせい。何かのせいにしなければ自分を殺してしまいそうで…。

でも、そんなの自分を正当化するための言い訳でしかくて。

だからこそ、誰(なに)かのせいにする自分を認めては、ならなかった。

自分の言葉を正義と信じて疑わない者こそ、いちばん自分が見えていないし、自分が振りかざしている凶器の重み。

気付いていないんだろうな。


自分を傷つけた相手の欠点を論い、言い負かすことに躍起になっていた自分。

そんな自分に浅井くんが

「目的は、なんですか?」

と、問いかけてきた。

相手に本当に伝えたいことから反れていませんか、と。

相手を打ち負かし、言い負かすことが目的では、ありませんよね?

と。

そんなことを訊いてきた。

なーんか、悔しかった。

すんごい、悔しかった。

その通りだよ。って、気付いて認めたら

泣くほど悔しかったんだ。

*みお*
[2012/09/08 00:23] 小説副音声 | トラックバック(0) | コメント(0) | @
不思議
ご無沙汰しております。

「もう、これ以上児島先生のことをダメダメカウンセラーみたいに書くのは嫌だー」

と、またまた逃げておりました(苦笑)

当時の偏った狭い視野で見た児島先生なので自分のことも含め
他者に対してもマイナスなところしか記憶に残っていないのです。
そこしか、見ていなかったので(苦笑)

さてさて。

当時は、周りから「我慢しすぎ」「頑張りすぎ」と言われていたのですが
小説に頂くコメントを見ると「甘えてる」「なにも行動していない」
と、当時と小説では対照的な印象を受けます。

不思議、というか面白いですねぇ。

小説ということもありますが、心内を赤裸々に明かした
自分を見せるということは、こんなにも―――

……なんと言えばいいのでしょう。表現が見つからないです。

なんていうか、大きいですね(苦笑)

みお


[2012/09/02 23:24] 小説副音声 | トラックバック(0) | コメント(0) | @
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